東京高等裁判所 平成元年(行ケ)263号 判決 1993年6月23日
東京都港区虎ノ門二丁目10番1号
原告
日本鉱業株式会社
代表者代表取締役
中村龍夫
訴訟代理人弁理士
倉内基弘
同
風間弘志
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
指定代理人
長瀬誠
同
田中靖紘
同
涌井幸一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、昭和63年審判第21449号事件について、平成元年10月12日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和55年8月11日、名称を「高耐食性溶融亜鉛めっき法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和55年特許願第109209号)が、昭和63年10月6日に拒絶査定を受けたので、同年12月15日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、これを同年審判第21449号事件として審理したうえ、平成元年10月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月6日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
別添審決書写し記載のとおりである。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭52-30233号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、と判断した。
第3 原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載内容、本願発明と引用例発明との一致点・相違点の各認定は認める。
審決の相違点(1)ないし(3)についての各判断は、相違点(2)につき、「本願発明におけるどぶ漬け時間を2~3分と限定した点には格別の意義が認められず、当業者が適宜容易に規定し得たものというほかはない」と判断した部分を争い、その余はいずれも認める。
審決は、本願発明が第1段階のめっきにおけるどぶ漬け時間(浸漬時間)を2~3分としたことから生ずる耐食性についての格別の効果を看過し、その結果、本願発明は引用例発明に基づいて当業者が容易に発明することができたとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 審決は、耐食性を決定するのが仕上がりめっき付着量であることを当然の前提として、引用例発明における実施例に見られるとおり、第1段階の亜鉛めっき浴の浸漬時間が10秒であっても第2段階のめっき後の最終的なめっき付着量(仕上がりめっき付着量)が本願発明におけるものと差異がなく、引用例発明においても厚めっき層が得られることは明らかであるから、本願発明が第1段階の浸漬時間を2~3分としたことによって、引用例発明に比し顕著な効果は得られず、これに格別の意義を認めることはできないとした(別添審決書写し5頁20行~6頁13行、7頁2~3行)が、誤りである。
2 引用例発明の目的は、耐食性めっきを短時間で形成する方法を提供することにある。そこで、引用例においては、「浸漬時間を殊更に長くすることなしに耐食性の優れたメッキ層を形成することのできる方法について研究を重ねた結果」(甲第3号証2欄16~19行)、「溶融亜鉛浴とAl-Zn合金浴中への浸漬時間の合計が・・・どぶ漬け方式によらない場合と同一又はそれ以下であってもメッキ量を適切に増加せしめて耐食性の優れたメッキを形成し得る」方法を提供したものであり(同3欄18行~4欄3行)、具体的には、実施例1で第1段階10秒、第2段階10秒の合計20秒、実施例2で第1段階10秒、第2段階20秒の合計30秒のように、極めて短時間の浸漬を行っている。
そして、引用例発明において耐食性に直接役立つものとされているのは、第2段階のめっきで形成されるアルミニウム-亜鉛合金めっき層であり、引用例発明で第1段階のめっきが必要とされるのは、アルミニウム-亜鉛合金の鋼材への直接めっきではめっきできない部分ができることから、これを回避してアルミニウム-亜鉛合金の鋼材への付着性を高めるためであるにすぎず(同3欄1~18行)、したがって、第1段階のめっきは、それに必要な限度で行えば十分であると認識され、その時間としては、上記のとおり実施例1、同2の各10秒のように、極めて短いものが考えられている。従来の常識でも、浸漬に時間をかけすぎると、亜鉛めっき層は、鉄-亜鉛合金層に変わり、いわゆる焼けめっきを生ずると考えられていたのである。
このように、引用例発明は第1段階のめっき時間をできるだけ短時間にすることを要求しており、これは、従来の常識からみても妥当なものであった。
3 これに対し、本願発明においては、第1段階のめっき時間を2~3分という長い時間とすることにより、引用例発明に比べ顕著に優れた効果を得ている。
すなわち、第1、第2段階の各めっきの浴組成において同一であり、かつ、同等の厚さの仕上がりめっき層が得られる場合であっても、第1段階の浸漬時間を2~3分としたときは、引用例発明における浸漬時間に従った場合に比べて、耐食性が非常に高い(甲第2号証の1の6欄表1、なお、平成2年9月3日付け実験報告書(甲第4号証、以下「第1実験報告書」という。)に記載された実験結果のうち、引用例に関するものとした部分は、本願発明との対比には使用しない。)。
この点を平成3年5月4日付け実験報告書(甲第6号証、以下「第2実験報告書」という。)によってより具体的に見れば、形成されためっき層の240時間後の腐蝕減量は、引用例の条件に従った場合(試料2、10)が32~33g/cm2であるのに対し、本願発明の方法による場合(試料4、12)は3~4g/cm2であり(同5頁腐蝕減量の項)、後者の方が極めて少ない。
このように、耐食性に大きな違いが生ずるのは、アルミニウム-亜鉛合金めっき被覆を有する鉄鋼材料の耐食性は仕上がりめっき層中のアルミニウム含有率が高いほど高いという事実に基づく(甲第2号証の1の2欄24~26行、4欄34~43行、甲第4号証3頁表1、同号証Fig7)。
この仕上がりめっき層中のアルミニウム含有率は、単に第2段階のめっき浴組成中のアルミニウムの割合を高めれば高まるというものではなく、それは、膜形成反応に依存する。
すなわち、本願発明においては、第1段階の2~3分という長い浸漬時間の間に、鉄と亜鉛の反応により十分な厚さでかつ厚さの均一な鉄-亜鉛合金めっき層が形成され(甲第4号証表3の第1段階の浸漬時間120秒の欄、甲第6号証図表3EDX結果の項の3、4)、この第1段階のめっきで形成された鉄-亜鉛合金めっき層中の亜鉛は、鉄-亜鉛合金層が亜鉛-アルミニウム置換反応を起こしやすい性質を有することから、第2段階のめっきの段階で、容易迅速に溶融亜鉛中のアルミニウムで置換されてアルミニウムを富化し(甲第6号証図表4のEDX結果の項の4の欄)、仕上がりめっき層中のアルミニウム濃度を第2段階の浴のアルミニウム濃度の二倍以上にも高くする(甲第4号証表1)。このため、本願発明においては、第1段階のめっきで厚い鉄-亜鉛合金層が形成されるにもかかわらず、焼けめっきは形成されず、耐食性の高い仕上がりめっき層を得ることができるのである。
これに対し、引用例発明においては、第1段階で形成される鉄-亜鉛合金層は極く薄く(甲第6号証図表1のEDXの項)、そのため第2段階の処理でもアルミニウム富化はわずかしか得られず(甲第6号証図表2のEDX結果の4、5の欄)、また、各種合金層が互いに複雑に入り込む(甲第6号証図表2のEDX結果の2、3、4の欄と写真4~7)ので、高い耐食性は得られない(甲第6号証5頁の腐蝕減量の項)のである。
4 以上のように、本願発明が第1段階のどぶ漬け時間を2~3分に限定した点は格別の意義を有し、これによって得られる仕上がりめっき被覆の耐食性は、引用例発明によるものに比して格別顕著なものであるから、本願発明の構成及び作用効果は引用例から示唆されるものではない。
第4 被告の反論
審決の認定、判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 引用例発明においては、第1段階のめっきの浸漬時間を実施例に見られるとおり10秒としても、目的とする厚めっき層が得られるのであるから、それ以上の長時間の浸漬は必要がない。この厚めっき層とは、引用例の「耐食性を必要とする場所で使用される亜鉛めつき製品について少なくとも400g/m2以上のめつき付着量を必要とし」(甲第3号証明細書2欄10~13行)との技術課題に応えるものとして、「母材面に安定した均一なAl-Zn合金のめつき層を形成することができ、又比較的短時間の浸漬によつて好ましい充分なめっき付着量を得しめて高耐食性めつき製品を的確に提供することができるもの」(同6欄16~20行)であるので、本願発明の第1段階の「浸漬時間は後の第2段階で充分防錆力を安定して付着することを可能とするに充分の厚さの亜鉛めつき層を付着するため2~3分とされる」(甲第2号証の2補正の内容3)によって得られる安定して付着された充分防錆力のある合金めっき層と実質的に同じである。すなわち、作用効果の点で、本願発明と引用例発明とに格別の差異はない。
したがって、第1段階の浸漬時間を、長時間とする必要のない引用例発明の10秒に換えて、本願発明の2~3分とすることに格別の意義はなく、単に長時間としたにすぎないのであるから、本願発明で第1段階の浸漬時間を2~3分とした限定は、当業者が適宜容易に規定しえたものというほかはない。
2 原告は、本願発明と引用例発明とで耐食性に大きな違いが生ずる理由として、本願発明の第1段階のめっき浴により、鉄と亜鉛の反応により十分かつ均一の厚さの鉄-亜鉛合金めっき層が形成されると主張するが、この主張は、本願明細書の記載に基づかないのみならず、それに反する。
すなわち、本願明細書においては、第1段階のめっき浴につき、「浴にアルミニウムを0.1%未満ならば添加してもよい。0.1%未満の微量のアルミニウムの添加は、亜鉛付着性に影響がほとんどなく、かえって亜鉛を一様につけまた鉄-亜鉛合金層の拡大を抑制するのに効果がある。しかし、アルミニウム添加量が0.1%以上になると、前述した問題が生じるのでアルミニウム添加量は0.1%未満で充分に低く抑えられるべきである」(甲第2号証の1の4欄10~17行)と記載され、第1段階のめっきで形成されるのは亜鉛めっき層であるとしており、原告主張の鉄-亜鉛合金層とはされていない。また、その際形成される鉄-亜鉛合金層としては厚いものよりはむしろ薄いものが意図されている。
本願明細書の記載に基づかない原告の主張は、失当である。
3 また、原告の主張は、裏付けとするに十分な信頼に値する実験に基づいていない。
原告提出の第2実験報告書(甲第6号証)において、引用例の実施例1の方法でめっきをしたとされる場合の仕上がりめっき付着量である430・95g/m2及び485・13g/m2(同号証表2試料2及び10)は、引用例に記載された実施例1の仕上がりめっき付着量556g/m2(甲第3号証5欄7~8行)と大幅に異なる。したがって、上記実験報告書で引用例発明の方法で実施されたと報告された実験を、真に引用例の方法で実施されたものとすることはできない。
また、引用例の実施例に従ったとされる実験の第2段階の浴温度は500℃であるのに対し、本願発明によったとされる実験のそれは430℃である。しかし、引用例には「420~440℃程度でも実施できることは既述した通りであり、このようにするならば同じ浸漬時間でメッキ付着量をより大とすることができる」(甲第3号証6欄3~7行)と記載されているのであるから、浴温度の上記相違が両者の耐食性に影響を与えたということも、十分考えられるところである。しかるに、この点についての実験はされていない。
亜鉛-アルミニウム置換反応の裏付けとしてのEDX結果(甲第6号証図表1~4中段右端)についても、原告主張のように、第1段階で形成されている鉄-亜鉛合金層中に存在する亜鉛は、容易迅速に溶融亜鉛中のアルミニウムで置換されてアルミニウムを富化するのであれば、その点においては、引用例発明によるとされるものにあっても、本願発明によるものとされるものと同様に、亜鉛のカウント数が減りアルミニウムのカウント数が増大しなければならない。ところが、本願発明によるものにおいては、明らかにそのような数値が示されている(図表3と図表4のEDX結果の4欄の対比)のに対し、引用例によるとされているものにあっては、亜鉛のカウント数のみが減りアルミニウムのそれは増大していない(図表1と図表2のEDX結果の4欄あるいは5欄の対比)。これでは、原告主張の上記理論が誤っているか、上記実験報告書の実験若しくはその解析に誤りがあるといわざるをえない。
EDX結果について更にいえば、その1欄は被めっき鋼材の部分であるから、図表3のものも図表1のものも同じカウント数にならなければならないはずである。ところが、1欄のFeのカウント数を見ると、図表3では11668、図表1では8279であって、後者は前者の七割にすぎない。同様のことは、図表2と図表4についても当てはまる。したがって、引用例発明によるものとされる図表1及び図表2のEDX結果と本願発明によるものとされる図表3及び図表4のそれとを比較することにより論を進めることは、許されない。
仕上がりめっき層中のアルミニウム含有率が高くなる点については、引用例発明の場合の結果が明らかでないため(第1実験報告書を引用例発明との対比の資料に用いないことは、原告の自認するところである。)、この点が本願発明だけに見られる特徴かどうか明らかでなく、また、同じ厚さの仕上がりめっき層におけるアルミニウム含有率の相違による耐食性の比較は行われていないから、アルミニウム含有率の上昇と耐食性の上昇との関係が明らかにされているとはいえない。
これらの点に照らすと、第2実験報告書の実験結果を根拠に、本願発明のもののみが耐食性に優れているとする原告の主張は失当である。
第5 証拠
本件記録中の書証目録を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
1 本願発明と引用例発明とが、第1段階として鋼材表面に溶融亜鉛めっきを施した後、第2段階としてアルミニウム-亜鉛合金の溶融めっきを行うことを特徴とするアルミニウム-亜鉛合金の溶融めっき方法の発明である点で差異はなく、両者の相違点が、本願発明においては、第1段階の溶融亜鉛めっきを2~3分どぶ漬けすることによって施すのに対し、引用例発明においては、このような規定をしていない点のみにあることは、当事者間に争いがない。
そして、甲第2号証の1、2と甲第3号証によれば、平成元年1月12日付け手続補正書による補正前の本願明細書においては、その特許請求の範囲のみならず明細書のいずれにおいても、第1段階の溶融亜鉛めっきを2~3分どぶ漬けすることによって施すことは要件として規定されておらず、この要件は、上記補正によって初めて特許請求の範囲に加えられ、これに応じて明細書の発明の詳細な説明の記載も改められたこと、すなわち、上記補正前の本願発明は、引用例の特許請求の範囲に示された「鋼材表面に溶融亜鉛メツキを施した後、アルミニウム-亜鉛合金の溶融メツキを行うことを特徴とするアルミニウム-亜鉛合金の溶融メツキ方法」の発明と実質的に同一の発明であったことが認められる。原告は、引用例発明における第1段階のめっき時間は、その実施例1、同2の各10秒のように、極めて短いものが考えられていると主張するが、引用例の記載、特にその特許請求の範囲の記載に徴すれば、引用例発明は、第1段階のめっき時間を特定の範囲に規定するものではなく、10秒のように極めて短いものとすることを発明の要旨とするものでないことは、明らかである。
以上の事実によれば、本願発明が引用例発明から容易に推考できるものでないというためには、第1段階の溶融亜鉛めっきを2~3分どぶ漬けすることによって施すとの要件に格別の技術的意義があり、これによって生ずる効果が、引用例発明のそれに比し格段のものであることが示されなければならない。
2 そこで、効果の点につき本願明細書(甲第2号証の1、2)を見ると、その発明の詳細な説明の中に「従来の亜鉛めつき製品に較べほぼ2倍の耐食年数を示す。」(甲第2号証の1の4欄38~39行)との記載があり、また、その表1(同6欄)に、従来法(同厚の溶融亜鉛めっき)による亜鉛めっき鋼材と本願発明の実施例1による亜鉛合金めっき鋼材の腐食速度試験結果の一例が示されている。しかし、ここにいう「従来の亜鉛めつき製品」あるいは「従来法・・・による亜鉛めっき鋼材」が引用例発明の方法によってめっきされた鋼材を意識したものではなく、この鋼材と対比した腐食速度試験の結果を記載したものでないことは、上記補正の経緯に照らし明らかであり、これをもって、本願発明による効果が引用例発明のそれに比し格段のものであることを示す証左とすることはできない。
3 原告は、その主張を裏付けるために、第1、第2実験報告書(甲第4、第6号証)の実験結果を援用する(ただし、第1実験報告書を引用例発明との対比の資料に用いないことは、原告の自認するところである。)。
しかしながら、これらの実験において、本願発明の効果を引用例発明のそれと対比するにつき、その試料としたものは、本願発明については、実施例1に従い、第1段階を最純亜鉛浴を用いて460℃で2分、次いで第2段階を5%アルミニウム含有亜鉛浴を用いて430℃で3分の条件で2段めっきした鋼材を、引用例発明については、その実施例1に従い、第1段階を最純亜鉛浴を用いて460℃で10秒、次いで第2段階を5%アルミニウム含有亜鉛浴を用いて500℃で20秒の条件で2段めっきした鋼材のみであり(甲第4号証1頁、甲第6号証2頁)、これに第1実験報告書に参考例として挙げられている第1段階を最純亜鉛浴を用いて460℃で10秒、次いで第2段階を0.5%アルミニウム含有亜鉛浴を用いて440℃で60秒の条件で2段めっきした鋼材を加えても、これらによっては、本願発明の第1段階のめっき時間を2~3分と規定したことの意義及びその効果が引用例発明に比して格別のものであることを確定することはできないといわなければならない。
けだし、これを確定するためには、第1段階のめっき時間を除き、その余の条件を全て同一にした方法によって得た試料を対比した実験結果が不可欠であり、その結果、第1段階のめっき時間の長短の差異のみにより、本願発明の範囲に入る2分以上3分以下の場合と、引用例発明の範囲に入る場合とで、その効果に原告主張の格別の差異があることが示されなければならず、このことは、当業者の常識として当然のことというべきであるからである。
本件において、特許庁における手続中、このような資料が出願人である原告から提出されたことを認めるに足りる証拠はなく、本訴においても、原告は、第1、第2実験報告書に続く実験は行っていない旨を明言し、新たな証拠を提出しない(第2回口頭弁論調書)。
4 そうである以上、本願発明の第1段階の溶融亜鉛めっきを2~3分どぶ漬けすることによって施すとの要件に格別の技術的意義があって、これによって生ずる効果が、引用例発明のそれに比し格段のものであることは認められず、結局、この要件は、審決の述べるとおり、当業者が適宜容易に規定しえたものというほかはない。
原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)
昭和63年審判第21449号
審決
東京都港区虎ノ門二丁目10番1号
請求人 日本鉱業 株式会社
東京都中央区日本橋3-13-11 油脂工業会館内
代理人弁理士 倉内基弘
昭和55年特許願第109209号「高耐食性溶融亜鉛めっき法」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年8月28日出願公告、特公昭61-38259)について、次のとおり審決すろ。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和55年8月11日の出願であつて、昭和61年8月28日付けで出願公告されたところ、佐藤孝夫から特許異議申立があつて、その特許異議申立が理由ありと決定され、その決定に記載の理由によつて拒絶査定されたものである。
本願の発明の要旨は、平成元年1月12日付けの手続補正書で補正された明細書および図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの、
「蒸留亜鉛、電気亜鉛または最純亜鉛から成る亜鉛浴あるいはアルミニウムを0.1%未満含む亜鉛浴で鉄鋼材料を2~3分どぶ漬けすることにより溶融亜鉛めつきを施す第一段階と、その後0.1%以上のアルミニウムを含む亜鉛浴あるいは0.1%以上のアルミニウムと0.01~5%のマグネシウム、銅、チタンおよびジルコニウムの少なくとも一種とを含む亜鉛浴でどぶ漬けにより溶融めつきを施す第二段階とを含むことを特徴とするどぶ漬け方式による鉄鋼材料の溶融亜鉛めつき法。」にあるものと認める。
これに対して、原査定の拒絶の理由となつた特許異議の決定の理由に引用された特許異議申立人提示の甲第1号証刊行物である特開昭52-30233号公報(以下「引用例」という。)には、鋼材表面に溶融亜鉛めつきを施した後、3~75%のアルミ濃度を有するアルミニウム-亜鉛合金の溶融めつきを行うことを特徴とするアルミニウム-亜鉛合金の溶融めつき方法の発明が記載されている。
そこで、本願発明と引用例に記載の発明を対比すると、両者は、鉄鋼材料を、第1段階として溶融亜鉛めつきした後、第2段階としてアルミニウムを含む亜鉛浴で溶融めつきを施すことによる溶融めつき方法の点で一致しており、(1)前者が第1段階の溶融亜鉛めつきに用いる亜鉛浴を蒸留亜鉛、電気亜鉛または最純亜鉛から成る亜鉛浴あるいはアルミニウムを0.1%未満含む亜鉛浴であるのに対し、後者が単に溶融亜鉛めつきを施すとして、特にその純度を規定していない点、(2)前者が第1段階の溶融亜鉛めつきを2~3分どぶ漬けすることによつて施すのに対し、後者がこのような規定をしていない点、(3)前者が、第2段階の溶融めつきをどぶ漬けにより施すのに対して後者がこのような規定をしていない点で、両者は相違し、他に相違点は認められない。
そこで各相違点について検討する。
上記相違点(1)について
本願発明が、蒸留亜鉛、電気亜鉛または最純亜鉛から成る亜鉛浴あるいはアルミニウムを0.1%未満含む亜鉛浴を用いる理由は、本願明細書に記載のとおり、アルミニウム濃度が0.1%を越えるとめつき層が付着しない部分が生じる欠点があることによつているものと認められる。しかし、引用例には、その第2頁上段左欄に、「このAl-Zn合金浴によつて……不めつき部が生じ易く、……目的に副わない……一旦溶融亜鉛めつきを施した後3~75%のアルミ濃度を有するAl-Zn合金浴でめつきする……特別なフラツクスを使用することなしで好ましい均一なめつき層を形成することができ」、と記載されていることから、引用例の溶融亜鉛めつき浴もアルミニウム濃度のきわめて少ないものが用いられていることが明らかであり、本願発明における溶融亜鉛めつき浴が、引用例の発明の溶融亜鉛めつき浴と格別差異あるものと認められない。
上記相違点(2)について
引用例の第2頁上段左欄から右欄に、「溶融亜鉛浴とAl-Zn合金浴中への浸漬時間の合計が上記したようなどぶ漬け方式によらない場合と同一又はそれ以下であつても……確認した。」と記載されていることから、および引用例の実施例において、「浸漬し」と記載されていることから、引用例の発明においてもどぶ漬け方式であることが明らかであり、どぶ漬けの点において本願発明と引用例の発明に格別の差異は認められない。
一方、本願発明はどぶ漬げする時間を2~3分と規定し、平成元年1月12日付けの手続補正書で発明の詳細な説明の項を補正して、その理由を縷々記載しているが、引用例の発明における実施例に見られるとおり、第1段階の亜鉛めつき浴の浸漬時間が10秒間であつても、第2段階後のめつき付着量は556g/m2、469g/m2であり、これは本願の明細書第8頁第1~5行に記載の本願発明のめつき付着量の500~600g/m2と差異はなく、しかも、引用例第2頁上段右欄に、「このような浴温低下に伴い……めつきの付着量もそれなりに増加することとなつて目的の耐食性めつき層を的確に形成することができる。」と記載されているように引用例の発明においても厚めつき層が得られることは明らかである。したがつて、本願発明におけるどぶ漬け時間を2~3分と限定した点には格別の意義が認められず、当業者が適宜容易に規定し得たものというほかない。
上記相違点(3)について
引用例の実施例においても第2段階のめつきは浸漬により実施しているものであり、溶融浴めつきにおいて、浸漬はどぶ漬けと異ならないので、この点における本願発明と引用例の発明とは実質的に差異は認められない。
したがつて、上記相違点は、いずれも当業者が適宜容易になし得ることと認められ、それによる効果も顕著なものとは認められない。
以上のとおりであるから、本願の発明は、引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものと認められるので特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
よつて、結論のとおり審決する。
平成1年10月12日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)